2011/12/30 10:38:31
本番では120%の力が出せました!
・・・というのは有りえない、と思います。
それは練習で80%の力しか出してなかっただけ。
と、
たかっち先生は今年1年、子供たちに話してきました。
一回、一回の練習に100%の力で臨んで欲しい、
と言う思いからでした。
子供たちにもこの言葉が結構響いたようで、
手紙にも
『練習で手を抜かない』
『練習で100%できて本番で初めて100%出来るのだと思った』
などなど、書いてありました。
そしてこんなことも、、、
『本番で練習以上のことができたとしたらそれは本当の力ではなくたまたまだ。』
と。
これには考えさせられました。
稽古で手を抜いていて本場では上手くできたたまたまと、
稽古を100%でこなしてきて起きたたまたま。
勿論どちらも本当の自分たちの力ではないのです。
でも100%で稽古をして臨む本番では自分たちも思ってみなかった事が、
起こることがあります。
意識、思い、技術・・・いろんなことがギリギリまで追い詰められた『打』は、
時に会場の空気や聞き手の思いまで巻き込んで、
大きな‘何か’を形成するようです。
自分たちだけではどうにもならないこともあるので、
‘運’といえば運かもしれませんがそれは、
『上手く行ったね』程度のことではないのです。
いつもギリギリまで、で臨めば‘何か’はもっとはっきりするのかもしれません。
それも含めて自分たちはいつも100%なのか?
といえば・・・
そうでもないのかもしれませんね。
メンバー一人ひとりがもっと自分を追い込んでいかないと、
‘何か’が起こる確率は上がらない。
来年の課題ですね。
・・・って、昨年の暮れにも書いとる!っちゅうねん。。。
(-_-;
・・・というのは有りえない、と思います。
それは練習で80%の力しか出してなかっただけ。
と、
たかっち先生は今年1年、子供たちに話してきました。
一回、一回の練習に100%の力で臨んで欲しい、
と言う思いからでした。
子供たちにもこの言葉が結構響いたようで、
手紙にも
『練習で手を抜かない』
『練習で100%できて本番で初めて100%出来るのだと思った』
などなど、書いてありました。
そしてこんなことも、、、
『本番で練習以上のことができたとしたらそれは本当の力ではなくたまたまだ。』
と。
これには考えさせられました。
稽古で手を抜いていて本場では上手くできたたまたまと、
稽古を100%でこなしてきて起きたたまたま。
勿論どちらも本当の自分たちの力ではないのです。
でも100%で稽古をして臨む本番では自分たちも思ってみなかった事が、
起こることがあります。
意識、思い、技術・・・いろんなことがギリギリまで追い詰められた『打』は、
時に会場の空気や聞き手の思いまで巻き込んで、
大きな‘何か’を形成するようです。
自分たちだけではどうにもならないこともあるので、
‘運’といえば運かもしれませんがそれは、
『上手く行ったね』程度のことではないのです。
いつもギリギリまで、で臨めば‘何か’はもっとはっきりするのかもしれません。
それも含めて自分たちはいつも100%なのか?
といえば・・・
そうでもないのかもしれませんね。
メンバー一人ひとりがもっと自分を追い込んでいかないと、
‘何か’が起こる確率は上がらない。
来年の課題ですね。
・・・って、昨年の暮れにも書いとる!っちゅうねん。。。
(-_-;
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